2015年4月14日火曜日

『甦ってきた箏曲「Familiar」』

自分の音楽のルーツは2歳前(遡れば母のお腹の中に居る頃から?!)からやっていたお琴(山田流箏曲*普通は一般的なお琴と言いますが、本当は琴と箏は違うそうです)と地唄お三味線です。

今まで色々な場面や色々なジャンル、機会で演奏や作ることを続けてきましたが、実は以前に箏曲作品も作曲していました。2003年に、当時母とその邦楽仲間のグループで極々極々小規模な演奏会をしまして、その時に初めて作りました。
タイトルを『Familiar=ファミリア』としました。
家族の始まりや喜怒哀楽の多くの道程を、幾つかの色彩(音色と箏曲ならではの多彩な奏法)で表現した一曲でした。

その後全く自分すらその存在を忘れるくらいだったのですがここ数年、いろいろな講習会や審査等にお招き頂き、合唱だけでなく合奏、管弦楽、邦楽などなど、自分のルーツを改めて思い出し思い起こせる機会を持ちまた、箏曲部のご指導もされている先生にも懇意にして頂ける機会が増えたことも有り、自作の箏曲の存在をぐわ〜〜〜〜っと思い出しました。

ご指導の先生からのリクエストも頂戴し、何とか思い出しながら自分流の譜面(邦楽譜面ソフトのフォーマットを持っていないため)で作成しようと思いましたが、奇跡的に2003年の作曲当時の資料のコピーが見つかりました。

早速、自分流の譜面で(邦楽譜面ソフトのフォーマットを持っていないことには変わりなく。。。)よそ様が見ても分かる譜面を仕上げました。
弾き試しながら「難しい曲やなぁぁ。。。」とか苦笑しながら..^^:

でも、不思議なことに(いや、必然なのか?)、普段作るいわば洋楽(日本以外の外国音楽という意味ではなく邦楽ではないという意味)と、10年以上前に作った邦楽(箏曲やお三味線)の作風と、やっぱりどこか今と共通した雰囲気があるのです。(三つ子の魂はこんなところにも。。。)

そんなわけで、今、とある中学校の箏曲部の皆さんが実際に音出しをしてくださる準備を始めてくださっています。
”本当の初演”が夢ではなくなってきたかもしれません。

子どもの頃、お稽古が嫌で練習が嫌でしょうがなかったことが、こんなに喜びを感じさせてくれるなんて、、、、また音楽に助けられています。
(実は正確にはお稽古や練習が嫌だったのではなく、常に家の中で母やお弟子さんの弾く箏曲やお三味線が流れていたので、聴いていた曲はいつのまにか全て耳で覚えてしまっていたんです。なので生意気な小中学生の頃は『おけーこなんてさっっ!いつでも弾けるわい!』とか思っていたわけで、、、まったくいやな子でしたねぇ。。。--;)

もうひとつ、吹奏楽の新曲の音出しの機会も頂けるかもしれないので、とにかく小さなことでくよくよしないで(なるべく。。。。だがしかーしこれがむずかしい。。)音楽家としての自分を少しでも少しずつでも進ませられるようにしていきたいと思います。

応援してくださる皆様、いつも本当にありがとうございます。
またご報告ができますように。。。

『Familiar』その他のお問い合わせはいつでもウエルカムです!

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